企業のCSR活動やCSV活動という言葉を耳にしたことのある方もいらっしゃると思います。
CSR活動とは、消費者にとって安全な商品を開発することや、従業員に対する人権的な配慮、公正な事業活動、環境問題への取り組み、地域社会への貢献といった活動です。
CSV活動とは、例えば環境負荷削減とコストダウンを同時に実現する、環境配慮製品の開発による売り上げ増、調達先の労働条件改善による安全調達、品質向上による利益への貢献など、企業利益の点で限界のあったCSR活動を、企業利益を追求する視点でとらえなおした活動です。
今回は、CSV活動を通して国際基準に対応した製品作りを目指し、年商100億円を目指す企業で活躍する、親子2代のご紹介です。
ご紹介するのは、国産大豆とにがりで豆腐を作る(株)おとうふ工房いしかわという会社です。20代で会社を立ち上げ安全・安心にこだわり販路を広げ、年商50億にもなる会社に育てた石川伸さんと、その息子さんご夫婦石川諒さん(共生院H28)と石川麻利江さん(共生院H29)に取材をさせて頂きました。
伸さんは「年商50億のまっすぐ経営術」という本を書いていらっしゃいます。その本の表紙に、「とうふを売るな、熱い思いを売れ」という言葉と、前掛けをしてニコニコとした小太りの(失礼)お父様の写真が載っていて、大変興味深く読ませていただきました。
石川諒さんと石川麻利江さんご夫妻は、東京農工大学在学中に知り合って結婚、現在お二人ともお父様の会社で活躍されています。伸さんのポリシーを引継ぎ、新たな視点で事業を展開しようと頑張っている仲良しご夫妻です。
今回は、おとうふ工房いしかわの「歴史」と「これから」について、お父様中心のお話です。次回は、そのポリシーを引き継ぐ我が同窓生の息子夫婦のお話を掲載いたします。
Ⅰ.「おとうふ工房いしかわ」の歴史
学生時代に家業を継ごうと思っていましたか?
伸(お父様)
当時あまり専門分野として存在しなかった食品工学を学びたくて、日大に進学しました。日大藤沢校舎で湘南が流行っていたころだったので、それも選択の理由の一つです。
子供のころから両親が豆腐屋で忙しかったので、晩飯の支度は私の仕事でした。大学に入るとそれができなくなり両親に負担がかかります。それに報いる形で家を継ごうと思っていました。そしてどうせやるなら日本一の豆腐屋になりたいと考えていました。家を継ぐ気で進学しましたので、ゼミではおからの研究をしました。
お爺様から色々な過程で支援してもらったようですが…
伸
22歳で実家に戻り、27歳で引き継いだ当初から任せてくれました。父が個人資産をためていて、設備投資については理解がありました。
本を読んでお父様は熱い人だと感じましたが…
伸
若い人と話すときに熱く会話をしてしまう。「なんでそんなに熱くなれるの…」と言われますが、物事をやるときに熱くなることは必要だと思います。
起業したときに不安はありませんでしたか?
伸
一人で何千万という多額の資金を動かすということで、不安を感じることはありました。仲間が欲しかったし、相談できる友達が欲しかったです。自分自身を磨くには何が必要なのか考えました。知性とか技術というよりも、人間的な魅力が必要であると考えるようになり、結論として、一人でも多くの友達を作ることが必要だということが分かりました。
若くして社長になったので、いかにして年上の人たちと繋がることができるかを考えるようになりました。その結果、多くの友達ができ皆様の協力が頂けています。
会社の基本精神は「安全・安心」ですよね…
伸
生協の人たちと接触したことが始まりです。子供をお持ちのお母様たちと接する機会がありました。彼女たちは安全・安心なものを子供に提供したいという熱い思いを持っていました。
その熱い思いを感じて、今の会社の基本精神である「安全・安心」に繋げました。
安全・安心の考え方に通じますが、農工大は社会の持続可能な発展を目標にしています
伸
企業のサスティナビリティーは企業としての永続性だと思います。サスティナビリティーは輪廻転生に通じます。それはポリシーが続いて行くということです。同じ形が続くことはないけれど、形態が違ってもポリシーを維持してそれを受け入れていく企業体質が企業のサスティナビリティーの条件です。
本の中に不易流行という言葉が出てきますが…
伸
「不易」は、世の中が変わっても変わらないもの、変えてはいけないもの、「流行」は世の中の変化とともに変わっていくものです。不易と流行は矛盾していますが、それを繰り返すことがサスティナビリティーです。自由表現ができることが重要で、そのリベラルな感覚が不易流行を繰り返させ、そのことがサスティナビリティーに繋がると考えます。
「究極のきぬ・至高のもめん」という豆腐が有名ですが…
伸
国産大豆とにがりだけで作ることから始まりましたが、やっちゃいけない何かを加える事に手を出しました。大豆特性を考えると、もっとおいしい豆腐というテーマに限界を感じていました。技術者である私がもっと良いものと考えたときに、オリゴ糖を加えるという選択に至りました。
大人がおいしいと思う味が豆腐嫌いな子供にとって嫌いな味である可能性があります。オリゴ糖はそれをマスキングする効果があります。それが開発のポイントです。
「子供に美味しいものを食べてもらいたい。」というのが基本の理念です。
「きらず揚げ」というのも作っていますよね…
伸
「おから」で作ったお菓子です。もともと中国にあった伝統的なお菓子ですが、手を加えて塩を振って硬めのお菓子になっています。
伝統的な手法を維持したうえで、新たな発想を加えていく事が、輪廻転生・サスティナビリティーという考え方に繋がっています。
昭和50年代に「おから」は消費者が食べなくなっていたので、産業廃棄物であるという判例が出たりもしましたが、何とか利用法を考えたいと思いました。
現在では、お米屋さんでお菓子を売るという販売ルートも確立しています。
これからの目標に、年商100億円を掲げていますが…
伸
高度な国際基準に対応する製品作りを目指しています。そのためには、ある程度の資本力が必要です。様々な試みをしていく中で、100億の利益を上げることができる企業体質を構築して、厚生労働省が定める100億大規模食品工場にしたいと考えています。
その取り組みは単にCSR活動ではなく、CSV活動の中で従業員も含めた各人の自己実現ができることを目指しています。
年商100億円という目標と、狭小ビジネスの展開いう一見相反する目標を掲げていますが…
伸
100億の中で70%はBtoBという卸事業です。BtoBは豆腐を売ったりお菓子を売ったりという、企業間取引で狭小ビジネスになりにくいものです。
残りの20億が、BtoCという直接消費者に売る事業(テスト的な販売等)は狭小ビジネスとなることができます。
あとの10億が、新規事業の展開です。ここで生まれたものをBtoCでテスト的に販売するという試みです。例えば飲食店の経営をしたり、新しい料理の提案をしたり、今まで豆腐を売っていないところで豆腐を売るという試みです。
従業員の自己実現に関連して、従業員を仲間と考えていらっしゃいますよね…
伸
好きな仕事をしている人は少ないと思います。だとすると、やっていて楽しい職場を作ることが重要だと考えます。家族に近いような環境を作り、自分の存在を認知してくれる環境を職場の中に作ることを目指しています。
農泊は新入社員研修のための農業体験ですが、このような苦しい体験を楽しそうに後輩に伝える職場環境が作れればよいと考えています。
明確なルールのもとでのフリーダムを構築して、居心地の良い場所を作り、その中でリベラルを追及して新しいものを創造していけたらと思います。
そのことについてお二人はどう感じますか
諒
社員が会社が向いている方向と同じ方向を向いていけるように、またどうやったら同じ方向を向いてもらえるのかを常に考えています。夢を語れることを目指しています。
麻利江
私は人事の仕事をしています。会社が楽しそうと感じている人を採用している気がします。
「農泊」も人材育成にとって重要な位置づけですよね…
伸
最初は手探りでホテルに宿泊、夜はJA主催の歓迎会ということで、お客様になってしまいました。その反省から、人を助けるという視点ではなく自分のために何ができるかという発想のもと、大分県の有機農業の農家の方に「草を取らせてください」という形に農泊を変えていきました。
農作業をする中で3日分の食材を与えられ、自分達で朝昼晩の食事を作ります。限られた時間の中でみんなが満腹になれる食事を作り、最後に一切食材を残しません。
毎日飯を作るためにせっせと働く。そういった中で他人が作ったものは食べ残しができない、捨てられない。みんなで作ったものを配られた時にそれらとどのように対峙するか一度考えることが、共同で物事を進める時に重要だと思います。
自分のやっていることがどのような意味があるのか、なんで作業をしているのか考えてほしい。ひいては、なぜ豆腐を生産して世の中の人に販売するのかを考えて、何らかの存在意義を見つけて、自分自身が生きている意義を見つけてほしいと思います。
私は園芸が好きで、毎年8月にパンジーの種をまいて翌年4月の満開を目指して植物の成長の手助けを楽しんでいます。
伸
人類ははじめ自然のものを食べるところから始まって、種をまいて計画的に食料を生産するようになりました。そういったプロセスが人類を成長させました。結果を求めるには、そのプロセスがいかに大事かということを若い方に理解してもらいたい。
今日植えた苗がすぐ食べられるわけではない。一年先を考えて植え付ける。例えば、将来のことを考えて味噌を仕込むことが重要だったりする。生産物という結果を出すのに、数年後のことを考えて作付けをしたりします。
中堅の人たちの育成も必要ですよね
伸
企業にとって自分なりに考えて上意・下達できる中堅の人達(ミドル)を育成することが必要です。今は教えることのできる人が少なくなってきています。
課長クラスの人に求められるのは、倫理観が強いということです。そういった意味で女性の方が優れていると考えます。さらに女性は多様性を受け入れる力があります。たとえば賃金単価や文化のちがうベトナムの人を、社内で差別をせずに受け入れるという雰囲気作りに一役買っています。男女のバランスが重要であることには変わりありませんが…
最後に、これからどのようにしていきたいと考えていますか?
伸
歳と共に、死に対する考え方が固まってきています。恐れるものではなくて迎い入れることができるようになります。企業も同じだと思います。自分たちが持っている価値に限りがあることを理解する。新陳代謝の中でちゃんと次の世代を育てることが必要です。無限だと思った時点でそれは滅びてしまいます。
今、若い人たちを育てるプログラムの構築する計画「ガンダーラ計画」(注)を立てています。次の世代の人達に自分達の持っているノウハウを伝えられたらと考えています。
次の人たちが次のステージを考える土壌ができたら、自分の役割は終わりだと考えています。
(注)昔ガンダーラ地方では、様々な文化的背景を持つ人々が協調して生活していました。孫悟空が困難を乗り越えて、ガンダーラにたどり着きたいと思いをもつような理想郷という位置づけです。このような理想郷を目指して、色々な考え方をしている若い人達に自分たちのもっているノウハウを伝えて、世代を越えて協調して仕事のできる企業作りをようとする計画です。
いや、死ぬまでやったほうがいいと思います
伸さんへのインタビューの感想
創業時に「安全・安心」という基本精神を確立し、その後CSR活動からCSV活動へ展開することにより、人材開発を通して新しい価値の創造のできる企業体質を模索し、企業のサスティナビリティー(企業の永続性)を構築している姿に、とても熱い感動を覚えました。
こうほう支援室 池谷記
次回は、その永続性を担う息子夫婦のお話の紹介です。