一般社団法人 東京農工大学同窓会

2024.3.26 かがやく同窓生

家族を守りながら研究の道を歩む -2人の出産を乗り越えて-

2023年8月29日に「交流ラウンジ」でマツダ株式会社・技術研究所の小川史恵さんをご紹介しました(激動の自動車業界で奮闘する)。
今回は、小川さんが農工大時代仲良しだった手島(旧姓石井)美帆さん(機シス博H30)のご紹介です。

手島さん

手島さんは、本学の機械システム工学を専攻して博士号を取得した後、ご結婚を期に名古屋に転居なさいました。
その後、豊橋技術科学大学で研究員として研究活動を開始し、二度の出産を経て職場に復帰して、現在新たな道を歩んでいらっしゃいます。
2023年10月中旬、豊橋技術科学大学でお話を伺うことができました。

Ⅰ:はじめに

小川さんとは同期ですか?

手島

小川さんが社会人ドクターとして在学中に、私も博士課程に在学していました。博士課程の人で集まりましょうという話があって、学内で飲み会をした時お会いしたのが最初でした。
小川さんはジャズバンドをやっていらして、私もギターを始めていたこともあって、一緒にやることになりました。

色々取材をしてきましたが、それぞれの方がエネルギーを持っていて、楽しい時間を過ごしています。皆方向性が違っていて面白いですね。

手島

多彩な方がいらっしゃいますよね。

取材を申し込むと「私なんか・・・」と言って辞退される方がいらっしゃいますが、一人一人がエネルギーを持って一生懸命やっているところを取材したいと考えています。

手島

ご協力できると良いのですが・・・

Ⅱ:農工大時代

農工大の機械システム工学を選んだ理由は?

手島

私の出身は、東京の西東京市というところです。自宅から通える国立大学という事で選びました。
ロボットとかに興味があったので機械システム工学を選びました。

ロボットという事で農工大を選んで、ロボット研究会に入りましたか?

手島

ロボット研究会にも興味がありましたが、体を動かしたかったので、ロボット研究会には入らずソフトボール部に入りました。

研究室は何処に入りましたか?

手島

岩見研です。昔、梅田先生の研究室で助教をされていた先生です。

梅田先生は大学の理事をなさいましたが、その前に科学博物館の館長もなさいましたよね。

手島

梅田先生は大変エネルギッシュな先生でした。研究以外のことでも大変一生懸命でした。博士論文の発表会は科学博物館で行いました。梅田研の院生も発表していて、たくさんの人が聞きに来てくれました。大変お世話になりました。

梅田先生は大学の理事を退任してから、静岡で農業をやっていたりしていますよね。

手島

好奇心旺盛で何でもやってみたい方ですね。子供の頃からラジオを自作したりして、いつでも何か興味あることをやっていたそうです。

梅田先生は卒業生ではないけれど、静岡県支部に入られたそうです。

手島

梅田先生の畑に行ってみたいと思います。子供を連れて行ってみたいですね。

手島さんの研究についてのお話ですが、学生の時の卒論のテーマは?

手島

ガラスの上に細い線を周期的に並べると、光の偏向が変わる特性があります。それを並べて、光学素子を作るという研究です。博士課程の時もその研究の延長線上で論文を書きました。先生から提案していただいたテーマです。

自然科学はデータが取れないと論文が書けませんが、工学系も結構データ収集は大変なんじゃないですか?

手島

学部の時は、データがなかなか揃わなくて大変でした。小さいものを作るので、東京大学で装置を借りて何日もかけて作っても、顕微鏡を覗いてみると駄目という状況が続きました。その頃はつらかったですが、結果が出始めると実験が楽しくなりました。

卒論の時は課題提示みたいなところで終わったのですか?

手島

具体的な成果は出ませんでしたが、手法とその結果を書くところで終わりました。博士論文はそれなりの結果ができて良かったと思います。科学にとってデータの収集はとても重要ですよね。

博士の方でも専門外のことを言う時に、科学的な根拠がないことを言ったりする方がいます。

手島

博士号を取ったからと言って、傲慢になってはいけませんよね。あくまでも、データに基づいて発言すべきだと思います。科学の難しさですが、真剣にデータ収集をした事がない人には、理解できない側面があるかも知れません。

Ⅲ:豊橋技術科学大学に就職

博士号を取得してから、どのようにして豊橋技術科学大学に就職しましたか?

手島

私の結婚相手は農工大の先輩で、結婚するタイミングで名古屋に来ることになり、家庭のことも考えて、名古屋近辺に絞って就活をしました。
民間と学術(研究所)系で就活をしましたが、民間企業だと配属先が全国の事業所になってしまうことが多く、苦労しました。
民間で良い結果が得られていなかったときに、豊橋技術科学大学の公募が出ていました。研究分野が少し違うけれど、農工大で学んだ加工技術を応用できそうだったので応募しました。結果としてうまくマッチして就職することができました。

豊橋技術科学大学の夜景

どのような身分での就職でしたか?

手島

学振(科学技術振興機構)の研究成果最適展開支援プログラムの特任研究員として着任しました。2年目の途中で1年くらいの産休に入り、産休明け直後の2021年に契約が終わってしまいました。
産休中に学振の特別研究員の公募があるという事で応募したところうまく行きました。その後、2022年に二人目の子供ができて産休に入って、今年(2023年)の10月に復帰したところです。

研究員という事ですが給料は出ますか?

手島

助教になる前のポスドクという感じでしょうか。給料は出ます。

昔の様にエレベーター式で教授になれるという訳ではないので今は大変ですよね。それなりの結果が必要ですね。

手島

分野が農工大時代とは違っていますのでちょっと大変です。最初は装置の調整から始まりました。やっと結果が出てきたところで産休に入れてかなり時間がかかってしまいました。

手島さんのような状況の人を日本の社会が受け入れるようになることが必要だと思います。

手島

私の場合恵まれていて研究を続けることができて、今やっと成果が整ってきたので、論文も書き始めています。

農工大時代とテーマが変わったとおっしゃいましたが、新しいテーマはどのようなものですか?

手島

農工大でやっていたのは、光学素子を作ることがテーマでした。
ここの研究室ではマイクロ流路という髪の毛の細さ位の水路をPDMSという素材(シリコンゴムのようなもの)で作ります。

研究に使うマイクロ流路の様子

マイクロ流路に色々なものを流して、その中で処理をしたりします。
例えば細胞が入った溶液を流して、流路の中で電気刺激を与える処理をしたり、薬品をこの流路の中で混ぜるという研究をしている人もいます。

現在やられている研究でも農工大時代と同様にデータの収集は大変ですよね?工学系では実験の際、再現性が無かったりしませんか。
私は料理が好きですが、作るときに同じ分量の調味料を入れても同じ味を作り出せないことがあります。

手島

今の研究室の先生も、データの重要性をいつも言っています。でも、データの収集は簡単ではありません。一度うまくいっても再現性がないという事はよくあります。試薬を入れる順番が違うと全く違う結果になったりします。
たまたま良い結果が出たものを再現できる条件を探すのは、結構難しかったりします。たくさんの実験の結果からうまくいくやり方を探すのは、ある意味料理人のようなところがあるかも知れません。料理人も現場で色々な経験をして腕を上げていると思います。
今は細胞を扱う実験をしていますが、やはり再現性が無かったりすることもあって難しいです。
細胞を培養液の入ったディッシュ(プラスティックのお皿のようなもの)で育てますが、育ち具合で結果が違ったりします。例えばディッシュの中に細胞が多い時と少ない時では同じような実験をしても、細胞が及ぼす結果が異なります。データの収集には苦労させられます。

細胞という生命系の研究にも取り組んでいるのですか?

手島

私たちは機械系ですが、マイクロ流路で細胞を処理したりする時に、生命系の方と一緒に組んでやります。
マイクロ流路に入れる細胞の準備方法や、細胞を育てるプロセスが見えていないと上手くいきません。初めは、そういうことを深く意識せずにやっていましたが、機械系・生命系の両方の側面を学びながらやっていくうちに視野が広がって上手くいくようになってきました。

違う分野を融合させるって大変難しいですよね。

手島

物の見方が全然違うので、すり合せるのが大変です。両方見えている人が仲立ちしないと成功しないと思います。

自分は学部時代に自然科学、修士時代で社会科学を学びましたが、両方見ることが出来て良かったと思います。学部時代に自然科学の物の考え方や、データの重要性について学べ、それが修士時代の研究に役立ちました。機械系の人が、違う分野を勉強することは絶対必要だと思います。

手島

自分の専門分野からはみ出していかないと上手くいかないと思います。理解しあうことが重要ですよね。人と人が繋がることが重要だと思います。

Ⅳ:豊橋技術科学大学について

技術科学大学という名称からすると、先ず技術の開発という視点が強いのでしょうか?

手島

科学というよりも技術系の人が多いような気がします。

豊橋技術科学大学の学生さんは、2023年8月のロボットの世界大会「ABUアジア太平洋ロボットコンテスト2023」のコンテストで優勝しましたね。

手島

私が育休で休んでいる間に優勝して、ビックリしました。3年次編入で高専の学生さんが多く入学してきますので、技術力が高いと思います。

3年次編入でどれくらいの人が入ってきますか?

手島

研究室でも8割くらい高専出身の人が在籍しています。1年生の時から入学してくる人は少数派です。

静岡県内の高専からの入学者ですか?

手島

全国からやってきます。高専を卒業してから進学を希望する学生さんは、長岡技科大と豊橋技科大が受け入れ先としてはとてもメジャーです。

農工大も結構編入してきますよね。

手島

農工大の私の研究室にも編入してきた人がいました。高専の学生さんには縁があるなと思います。

交流ラウンジでは、高専と京都大学を経て社会人ドクターとして農工大に入学されて博士号を取って塩野義製薬株式会社で活躍されている永松大樹さんを紹介しています。
高専出身者の方には、目的や生き方に方向性があって優秀な方がいらっしゃるなと思います。

手島

早いうちから工学系という事を決めている人が多いので、方向性は定まっていると思います。

Ⅴ:家庭と研究の両立

ご主人も研究者ですか?

手島

普通の会社員です。

ご夫婦で子育てしていかなければならないので、大変だとは思います。大変だけれども、研究者という道は捨てたくなかったという事ですね。

手島

固い意志のもとというよりも、やっていて楽しいという側面が強いです。
分野にはあまりこだわりませんが、探求する活動を仕事にできるという形を続けたいと思います。仕事を辞めて専業主婦という形もできなくはないと思いますが、私の場合は仕事があったほうが人生が充実しそうです。

手島さんの研究机

一番最初にお話した小川さんは、優秀な人材が家庭に入ってしまう場合が多く勿体ないと言っていました。

手島

男女共同参画の議論の中で、男性に負けずに家庭も仕事も頑張っている「すごい女性」の紹介があったりします。
私からすると、そんなにすごくは成れないという風に思っています。もう少しマイルドに普通の人として自分ができる活動をしていきたいと考えています。
男女共同参画では、男性と女性の違うところをある程度受け入れた上で協力していければいいのではないかと思います。

とても嫌な言い方ですが、少子化の中で日本が発展していくためには、女性の社会参画は不可欠だと思います。

手島

共同参画の数字をそろえるというのではなくて、それぞれの人に合った配置をしていくほうが良いと思います。
男女同じ土俵で、同じ価値基準で比較されると厳しい面もあり悩むこともあります。また、男女という事だけではなくて、人によって特徴が違うので、比較は難しいと思います。

勤務時間はどうなっていますか?

手島

10時から16時までです。通勤の時間帯で論文を読んだり書いたりして、時間を捻出しています。

ご自宅のある名古屋から電車で通うとどれくらいかかりますか?

手島

電車が40分、バス30分くらいで、駅までの徒歩や乗り継ぎを含めると片道2時間弱です。

休日はどうしていますか?

手島

子供の世話と一週間分の食事を作り置きしたりしています。夫と協力して家事を分担しています。子どもは、上が3歳で下が1歳です。

平日は?

手島

子どもは8時から18時過ぎまで保育園に入れています。送りは私で、迎えは夫が担当しています。夫が子供を風呂に入れている間に、私が食事を作っています。

愛する家族のためならば多少の苦労は乗り越えられますよね。

手島

こんなに自分が動けたのだって感心します。

旦那さんの協力があって、平和な暮らしができているって素敵だと思います。

手島

しんどいですけれど、幸せを感じます。研究員としてはあと3年の契約になっていて、そのあとは分からない状態ですが、最低限その期間は頑張ろうと思います。

自分も色々と職を変えて不安ではありましたが、一生懸命やっていると新しい道が開けてきたりしました。

手島

面白そうなことに挑戦したいと考えています。実感として徐々に裾野が広がってきている感じがしています。
梅田先生の姿から学んだことですが、「いろいろなことをやってみたい」「自分で触ってみたい」という衝動は大事にしたいです。
農工大にいる時に、「自分で触らないと分からないことがある」という事を学びました。現場での気づきが重要だと考えています。

今はまだ女性に少しハンデがあると思いますが、チャレンジ精神を持って取り組んでほしいと思います。

手島

先ずは今の研究に一生懸命明取り組んで成果を出したいと思います。それから、どういう展開があるかは分かりませんが、新しいことに取り組んでいきたいと思っています。

手島さんを受け入れてくれている研究室の先生も良き理解者だと思います。本日は、ありがとうとうございました。

手島さんへのインタビューの感想
手島さんは小川さんからの紹介でしたが、初めは紹介の意図が分かりませんでした。今回の取材を通じて、手島さんが子育てや家事をこなしながらも新しいことに取り組んでいることが分かりました。
小川さんは「優秀な人材が家庭に入ってしまう場合が多く勿体ない」と言っていましたが、家庭に入ってしまわずに研究の道を歩んでいる手島さんの姿を紹介したかったという事に気づきました。
今後、手島さんが研究者として活躍することを願うとともに、多くの方が研究者として良い実績があげられる社会体制ができると良いなと思いました。
こうほう支援室池谷記