令和5年度の岩手支部総会は、2024年1月27日(日)に株式会社ベアレンビール醸造所(クラフトビール会社)が展開している盛岡市内のレストランで開催されました。
「べアレンビール」という言葉に興味が湧いてネットで調べると、農工大の卒業生の嶌田洋一さん(蚕糸H2)が社長を務められていることが分かりました。
私(こうほう支援室池谷)は以前から盛岡をよく訪れていて、知人もたくさんいます。その人たちに話を聞くと、ほとんどの人が「べアレンビール」を飲んだことがあり、嶌田社長の顔も知っているとのことでした。地元密着のクラフトビール会社として定着していることがうかがえました。
大変興味が湧いて、取材を申し込んだところ快諾して頂きました。今回は、盛岡市内の(株)ベアレンビール醸造所の本社で、2024年7月上旬に行われた取材の様子をご紹介します。
嶌田洋一さん
Ⅰ:起業するまで
ご出身は?
嶌田
東京の北千住です。
農工大学には北千住から通ったのですか?
嶌田
最初の2年は北千住から通いました。通学に1時間半くらいかかっていたので、サークル活動はやっていませんでしたが、アルバイトはやっていました。
3年からは学業の関係もあり、大学の近くにアパートを借りました。
学科は何学科でしたか?
嶌田
化学・生物が好きだったのもあって、蚕糸生物学科を選びました。
研究室は何処でしたか?
嶌田
本間慎先生の研究室に入って、「組織培養を利用した植物の重金属耐性」という卒業論文を書きました。組織培養したものに、色々な濃度の重金属をかけて、どの様な影響が出るかという研究をしました。
4年生で研究室に入って卒論研究を始めましたが、全然楽しくなくて研究者に向いていないなと思うようになりました。
学部卒業後は?
嶌田
協和発酵工業(株)(以下「協和発酵」)に勤めました。
協和発酵を選んだきっかけは?
嶌田
学生時代お酒を出すカフェバーとかでアルバイトをしていたので、お酒の世界に興味を持つようになりました。
お酒の会社に就職したいと思って、就職活動をしました。
就職活動の時、濱野國勝先生にお世話になって色々と相談をしました。濱野先生に協和発酵にお勤めのOBを紹介してもらいました。
当時の協和発酵はどのような企業内容だったのですか?
嶌田
売り上げの大半は医薬品だったと思います。他事業展開していて、お酒・食品・バイオ等7部門くらいありましたが、従業員のほとんどは医薬品関連の仕事をしていました。
学生時代に、協和発酵はウィスキーやワインを輸入したりしていることを知っていました。お酒の仕事をしたくて就職活動をしていましたので、採用通知を頂き協和発酵に決めました。
入ってみると、医薬品関係の仕事がほとんどの会社であることが分かりました。会社とすると農工大の卒業生をそちらの部門で育てたいと思っていたと思います。でも、お酒の関係の仕事がしたかったので、希望を出して酒類部門に配属していただきました。
協和発酵には何年くらい在籍なさったのですか?
嶌田
11年間です。90年入社で、最初の配属が盛岡でした。盛岡は、来たこともありませんでした。酒類の営業をやりました。
4年間盛岡で営業活動をしました。その後、東京の本社に戻って7年間酒類の仕事をしました。販促から商品開発まで色々とやりました。
販促とか営業関連の仕事が多かったのですか?
嶌田
そうですね、マーケティングとかやっていましたので、理系的なことはやりませんでした。
マーケティングをやることによって、世間のニーズの把握が出来るようになったと思いますね。
Ⅱ:クラフトビールの会社の起業へ
協和発酵をやめて起業する決断をした時、怖くは無かったですか?
嶌田
漠然とした独立願望は若いころからありました。ずっと協和発酵にいるという考えはもともとありませんでした。
そのようなときに、会社設立のお話があって面白そうだと思い、二つ返事でお受けしました。自分の力が試せることや、頑張りが反映されるところに魅力を感じました。
べアレン醸造所の工場・直売所
クラフトビール製造の会社設立時のことをお話しいただけますか?
嶌田
当時キリンビールで営業をしていた方と出会って親しくなりました。彼から「起業したいので一緒にやらないか」と誘われました。世間では一度地ビールブームが盛り上がって、少し下火になったころでした。
起業するにあたり、何故下火になったのかを考えました。その結果、それまで大手のビールしか飲んでいなかった人たちに、特異なビールを飲ませ過ぎて拒否反応が出たのではないかと考えるようになりました。いきなり飛びぬけたものを販売しても、定着しないと判断しました。
私はベルギービールを販売する飲み屋を経営したことがありますが、黒ビール系よりも柑橘系の柔らかいビールが売れていました・・・
嶌田
わが社のビールは大手の延長線ではありますが、コクがあって味わいのあるビールにして、大手のビールとは差別化しました。
起業する時に、ドイツから仕込み室を持ち込んだようですが、日本にはなかったのでしょうか?
嶌田
当時は、ビ-ル製造と言えば資本力のある大手のビール会社がシェアーを占めていました。個人経営の我々は、初期投資を抑える必要がありました。
ドイツ人のマイスターから、ドイツの中古設備を購入したらどうかという提案があったので、ドイツから持ち込みました。
仕込み室
ドイツへのこだわりもある様に思いますが、ドイツのビールとの出会いはどのような感じだったのですか?
嶌田
ブームの頃は、あちこち飲み歩いて楽しんでいました。特にドイツのビールに詳しかった訳ではありませんでしたが、ドイツのラガービールというのは日本人に合っていると思いました。
一回ドイツに行きました。ドイツでは地域に根ざしたビール文化というものが育まれていました。憧れのようなものを感じました。
初めから地域に根ざしたビールつくりという考え方をなさっていたのですか?
嶌田
ドイツの他にも世界中のお酒を色々と飲み歩いて、その土地に根ざしているお酒をたくさん見ることが出来ました。自分もそういうお酒を造って、地元盛岡に根ざしたビールを造ってみたいと思ったわけです。
盛岡の私の友達の多くは、べアレンビールのことをよく知っていて、ドイツから設備を導入したことも知っていました。そんな話を聞いて、地元に根付いているという事を実感しました。
嶌田
会社を作って23年で、ビールを作り始めて21年になります。
盛岡市内に店舗を展開していて、現在市内に5件の店舗があります。市内はこれが限界かなと思っています。
べアレンビールは熊ビールという意味ですが、どうして決めたのですか?
嶌田
一緒に起業したドイツ人のマイスターが「熊ビール」が良いのではないかと言いだして、話し合って決めました。
イメージとして熊というと怖いイメージがありますが、かわいいというイメージもありますよね。短くて覚えやすいという事もあって決めました。
結果的に、多くの地元の人に覚えてもらう事が出来ました。
ベアレンビールクラシック
私は、盛岡大好き人間です。盛岡は良いところですよね・・・
嶌田
盛岡に限らず、岩手県には「良さ」がいっぱいあると思います。意外とその「良さ」に県民の方が気付いていないこともあるように思います。
その良さをビールつくりに生かしたいと考えました。
Ⅲ:ビールの豆知識
ビールの発祥の地はドイツですか?
嶌田
ヨーロッパは、ローマ帝国時代にはワインが中心でしたので、ラテン系の人達にははじめ飲まれていなかったようです。
それより以前から、メソポタミアとかエジプトという説があります。それがヨーロッパに伝わって、北方に進出したゲルマンやアングロサクソンといった人達に広がりました。
ドイツ、ベルギー、イギリスといったそれぞれの国で、独自のビール文化が発展しました。
ドイツのビールにはどの様なカテゴリーのビールが多いのでしょうか?
嶌田
ベルギービールほどバリエーションはないですが、結構色々な種類があります。
ドイツと言えば黒ビールを思い浮かべますが、黒ビールはなんで黒いのでしょうか?
嶌田
ビールの色の違いは、麦芽の種類の違いによります。黒ビールを造るためには、深くローストした麦芽を使います。黒ビールですと、そのローストした色と味が表現されます。
ピルスナーですと淡く炒った麦芽を使うので、淡い色になります。
そもそもビールはどのように作るのですか?
嶌田
原料は麦芽・ホップ・水と酵母が必要になります。
麦芽は出来上がったものを海外から購入しています。麦芽の大半は大麦です。大麦を発芽させて、乾燥焙煎したものが納品されてきます。それを細かく砕いて、窯で煮込みます。そうすると麦芽の酵素が働いて、でんぷん質を糖化させます。
麦芽はどちらから輸入していますか?
嶌田
ドイツ、カナダ、イギリスですね。いろいろなビールの種類に合わせて使い分けています。
海外から輸入された原料
ホップはどの段階で使いますか?
嶌田
糖化した段階では、どろどろのおかゆみたいな状態になります。次に麦汁の濾過工程に入ります。
濾過工程が終わると、麦芽の滓が取り除かれて液体だけになります。
その液体を煮沸して、その段階でホップを加えます。香りと苦みが加わります。ホップもほぼ輸入ですが、最近は岩手で栽培されているホップを利用するケースも増えてきています。
麦芽の違いよりも、ホップの違いによる味の違いの方が大きいと思います。海外では品種改良がどんどん進んでいて、香りと苦みのバラエティーが非常に豊富になってきています。日本はそういった面では遅れていると思います。
発酵はその後の工程になりますか?
嶌田
煮沸を終えた麦汁を発酵する温度まで冷却して、酵母を添加します。発酵が始まって一週間くらいで若いビールができます。
若いビールを貯蔵タンクに移して熟成させます。この段階で再び旺盛な発酵が始まります。この熟成過程が終わって、ビールが出来上がります。
水は盛岡の水を使用していますか?
嶌田
盛岡市の水道水を利用しています。盛岡市の水道は、米内川水系の水で結構いい水だと思います。
日本の水は軟水ですが、ドイツのビールは硬水で作られているのですか?
嶌田
ドイツでは、ピルスナー系は軟水で作られています。ヨーロッパの硬水しか利用できないところでも、軟水化して作っています。
ごくごく飲むピルスナー系はやはり軟水の方が適していますね。もちろん、硬水で作られているビールもたくさんあります。
ドイツはビールをあまり冷やさないと聞きますが・・・
嶌田
日本ほどキンキンに冷やしませんが、ドイツもそれなりに冷やして飲みます。基本的には冷やすと思います。
日本は泡が重要だったりしますが、ドイツはどうですか?
嶌田
イギリスやベルギーでは泡はありません。ドイツは泡がありますが、ある線があってそこまではビール本体を入れなければいけないという感じです。日本の泡と少し感覚が違うかもしれません。
アメリカでもクラフトビール作りは盛んなのですか?
嶌田
今アメリカはクラフトビール作りが盛んです。中心地になってきています。色々と新しいビールが次々とでてきています。世界中がアメリカの影響を受けています。苦い香りが強くて濃いものが多くなってきています。
もともとクラフトビールは、昔あったビールを復刻しようという事で始まりました。今のアメリカのクラフトビールというのは、IPA(注)と言う濃くて苦いビールに集約されてきています。アメリカでは強烈な味が好みに合っているのでしょう。
(注):ビールの原材料の一つである「ホップ」を大量に使用してつくられるビール。正式名称は「IndiaPaleAle(インディア・ペールエール)」。ホップのもつ香りや苦味が、一般的なビールと比べるとかなり強く、アルコール度数も5.5~7.5%と高めなのが特徴。
アメリカ人は、日本人よりもはっきりとした味を求めているように思います。
嶌田
世界に視野を広げる時、そういった意味で難しさがあると思います。再来週からアメリカに行って色々と情報収集しようと考えています。
それでも、日本人の持つ繊細さは失わないようにしたいと思います。
開発部門はありますか?ビールの味は誰が決めるのですか?
嶌田
ビールの味はマイスターと2人で話し合いながらやっています。開発部門というより、どちらかというとマーケティング寄りの部門です。
Ⅳ:現在のべアレンビール醸造所
話が変わりますが、この事業所では、何人くらい働いていますか?
嶌田
ビールを造っているのは、この工場と雫石工場を含めて12人です。そのほか営業マンとか内勤の方を含めると30人くらいで運営しています。
会社全体だと、正社員で44人になります。
地域とのつながりという面では、職場環境や住民との繋がりというものを意識していることはありますか?
嶌田
工場の前では、地域の人をお招きして春と秋に飲み放題の宴を開催しています。それ以外では、地方に行ってその地域の方々とイベントを行ったりしています。毎週末どこかでやっているような感じです。
工場前の宴会場
働き方という面では、県から表彰されたようですが・・・
嶌田
私自身もバブルのころの採用で、いっぱい働きました。また、若いころ起業して毎日残業して仕事をしていました。
会社が大きくなってきて、女性や若いスタッフが増えてきています。今は、すべての人が「がむしゃら」に働けるわけではないので、これからは働き方改革をしたほうが良いと考えるようになりました。
いわて働き方改革最優秀賞
どの様なことが評価されましたか?
嶌田
色々なことに取り組みました。
女性活躍推進・子育て支援・長時間労働削減・労働生産性向上と処遇改善・職場環境改善・人材確保・社内の意識改革など、多岐にわたっています。
事務所を拝見すると、多くの人が働いているように思いました。
嶌田
事業の規模感から言うと、儲けだけを考えると少し人数が多いかもしれません。
地域に根ざすという考え方も含めて、人との繋がりを大事に考えています。ここで働くことで、従業員の人達に「幸せ」を感じてもらえたらなと思っています。
ほとんど地元の方ですか?仲が良いという印象を受けましたが・・・
嶌田
そうですね。岩手県出身者が多いです。それぞれが近い感じで仕事をしていると思います。
働き方改革という事で、定時退社が原則なのでしょうか?
嶌田
そうですね、残業がほとんどありません。私自身一日会社にいるということはありません。
私は、勤務時間中は集中して仕事をして、色々な作業を並行して効率よく仕事をして、残業をしないというタイプでした。だらだらやってもしょうがないですよね・・・
嶌田
だらだらやってもいい仕事はできないと思います。
それでも、仕込みという作業は、12時間ぐらいかかったりしますので、朝早く来たりして交代でやったりしています。休日でも、温度だけチェックに来るというようなことはあります。相手が生き物ですので・・・
働き方改革ということは、手を抜くという事ではないと思います。お互いに情報交換をして、目的も含めて自分の立ち位置をしっかり持つことが重要だと思います。
嶌田
社員の方には、私が思う事を伝えていると思います。ヒントを伝えながら、考える時間を持ってもらっています。
会社が大きくなると、従業員を大事にするという視点からは、離れてしまう事があるように思いますが・・・
嶌田
実現したいビールと、地元に根ざした企業作り(職場環境)という面は大事にしていきたいと思います。
会社の経営方針として、SDGsに取り組んでいらっしゃるようですが、リサイクル以外で何か取り組んでいますか?
嶌田
リサイクルやリユースは積極的にやっています。
麦芽の残渣などは、近隣の畜産農家に無償でお譲りしています。家畜の餌として喜んで利用してもらっています。栄養価も高いです。
そのまま廃棄する場合は料金がかかりますが、取りに来てもらっているので、一石二鳥というところでしょうか。
使用後の酵母も流して捨てていましたが、それも色々乾燥させて食品の添加物として利用してもらっています。例えば南部せんべいの味付けに使ったりしてもらっています。
お菓子類が多いと思います。プラスアルファ―の調味料ですね。
岩手県内の展開の他、その他の地域の展開は考えていますか?
嶌田
今まで、此処の工場だけでやっていた時は、作れる量も限られていましたので、県内を中心に展開していました。県外は、ネット販売などに限られていました。
2019年に第2工場を作ってから量産が可能になりましたので、県外出荷も増えてきて県外出荷が半分を超えるようになってきています。
県内への販売が減ったわけではありません。地元に根ざしたビールつくりという基本路線は変わっていません。それでも、商圏は作っていきたいと考えています。今後も両建てでやっていきたいと考えています。
海外にも出荷はしていますが、わが社のビールを知ってもらって盛岡に来てくださると良いなと思っています。「盛岡に行けばべアレンビールが飲める」と思って、当地でこのビールを味わっていただければと思います。
ビールを造っていくという面では、初め目指していたものに近づいている感じですか?
嶌田
地元に根ざしたという面も含めて、理想に近づいてきているという感触はありますね。
黒ビールは国際的な賞を取られたようですが、賞を取るという事が目標になったりしていましたか?
嶌田
2023年のドイツで初めて行われたビールの品評会で、「国際ビール部門」で1位になりました。この部門には、世界18か国から880種類のビールが出品されていました。
ただ賞を取ることを目標にはしていませんでした。自分たちがやってきたことが、世界的に見てどれくらいのレベルなのか確認したいという気持ちでした。
国際ビール部門1位
賞を取ったことは、地元の方々も喜んでくださっていると思います・・・
嶌田
そうですね、普段飲んでいるビールが世界的に評価されるという事は、嬉しいことだと思います。
今後の展望についてはどのように考えていますか?
嶌田
起業した当時、食品偽装という事が問題になっていました。ものづくりをしていると、製造工程の中でこれくらいは分からないだろうと手を抜くことも考えられます。
常に自分自身を戒めておかないと、そういう方向に流れてしまう可能性があります。将来に対する戒めとして、心の中に刻んでいます。そういった今までの方向性は踏襲したいと考えています。
起業するときに売り上げが10億円規模の企業にしたいという考えがありました。もうすぐ達成できそうです。そこまでできたら、従業員の方々にも誇りをもって仕事をしてもらえると考えますし、次の世代への継承という事も視野に入ってくると思います。
Ⅴ:最後に
いつも聞いているのですが、若い方に伝えたいことはありますか?
嶌田
「私はやりたいことをやってきた」という事は伝えたいと思います。壁があるとは思いますが、好きなことをやったほうが良いと思います。
「私がやりたいこと」は、「儲けたい」とか「会社を大きくする」という事ではありませんでした。「美味しいビールを造る」「地域に根ざした会社作り」という事でしょうか。
また、ゆとりをもって生活をして欲しいと思います。私は休日には、趣味のマラソンをしたり、時々イベントに顔を出したりしています。
最近、農工大は地方出身者が減ってきていて、首都圏出身の学生が7割以上を占めています。例えばIターンでそういった学生さんを採用してもらう事はできますか?
嶌田
そうですね、タイミングと条件が合えばそういう事も可能だと思います。
嶌田社長へのインタビューの感想
ベアレンビール醸造所の本社にお邪魔してまず感じたことは、働いている人が「明るい」という事でした。嶌田社長と社員の方が話している様子も拝見しましたが、意思疎通が良くできていて「自由にものが言える」そんな雰囲気でした。
社員の方も地元の方が多いようで、まさに地元密着の会社で岩手県民の目線で会社運営がされていると思いました。
嶌田社長は岩手県のことが好きで、休日には仲間とマラソンをしたり地域のイベントに積極的に参加したりして、人の輪を広げているようでした。「県民の方に岩手県の良さに気付いてもらい、一緒に既存の概念を打ち破って新しいことに挑戦していく・・・」そんな勢いを感じました。
こうほう支援室池谷記