一般社団法人 東京農工大学同窓会

2024.3.12 活躍する教職員

うどん県の経験が晶析の研究に生きる-元理事長に聞く-

以前、交流ラウンジの「かがやく同窓生」で、新型コロナ感染症治療薬の開発に取り組んだ永松大樹さん(応化博H29)をご紹介しました(新型コロナ感染症治療薬開発に取り組んだ同窓生)。

その永松さんを社会人ドクターという形で、東京農工大学の博士課程に導いた方がいらっしゃいます。同窓会法人化の時に理事長として活躍して下さった滝山博志先生(化工S62)です。

滝山先生

滝山先生には、いくつかの企業内農工大同窓会に行っていただきましたが、どこの同窓会でも人気の先生で、そのお人柄が感じられました。

もともと、交流ラウンジのコンセプトは滝山先生がご提案なさったものです。「同窓生・在校生・教職員が活躍している情報を学内外に広く提供するとともに、相互交流の活発化を目指す」というものです。

先生は研究活動の他、大学運営や同窓会運営にもご尽力いただいていて、アイデアマンでもあります。
お忙しい方ですが、今回時間を作っていただきお話を伺うことができました。

Ⅰ: はじめに

新型コロナ感染症治療薬開発に取り組んだ塩野義製薬(以降、塩野義)の永松さんはご存じですよね。永松さんの取材をする中で、農工大の博士課程に進むきっかけが、滝山先生との出会いだったという事を聞きましたが・・・

滝山

化学工学会の晶析(注1)技術分科会で会ってお話したら、熱く語り合うことができて私の研究内容に大変興味を示されました。お互いのエネルギーを感じあうことができたからだと思います。意気投合して、ドクター論文を書くために私の研究室で研究をすることになりました。
注1: 結晶を創り出し、制御するプロセス。

素人には医薬品と結晶が結びつきにくいですが、永松さん曰く我々が飲む医薬品は結晶を飲んでいるみたいなものだそうですね。

滝山

彼のドクター論文も、構造が複雑になってきている医薬品を結晶化させることがテーマでした。

塩野義は、農工大学の同窓生が集まって交流会をしているようですね。私もその交流会にお邪魔したことがあります。

滝山

私の研究室からも、「医薬品の結晶化」を研究している卒業生が3人ほど塩野義に就職しています。

企業内での農工大同窓会にお邪魔する機会がありますが、農工大の卒業生は真面目な方が多いですよね。

滝山

真面目過ぎるという側面はありますが、農工大の卒業生は、各企業の評判も良いです。

Ⅱ : 「うどん」と「塩」の話

お生まれは何処ですか?

滝山

香川県の琴平です。「うどん」県で、何よりも「うどん」が好きです。
祖父が琴平ではうどんの師匠のような存在でした。田舎に帰ると、うどん屋の店主から「おじいさんにお世話になりました」と言ってご馳走してもらったりしていました。祖父はお店を持っていた訳ではないのですが、うどん作りの名手として有名でした。

琴平では朝に豆腐を売りに来るのと同じように、うどんを売りに来きます。子供たちはボールを持ってそれを買いに来るわけです。店を構えず趣味でやっているような人が売りに来ているような感じでした。祖父も、そんな人の一人でした。

祖父の子供たち6人も皆うどんつくりが上手でした。田舎に帰ると、皆うどんを作ってくれます。私が育った場所は、うどんつくりの道具がどこの家にも必ずあるようなところでした。

大阪で言うたこ焼きの道具みたいですね。どうして香川のうどんはあんなに腰があるのでしょうか?

滝山

うどんを打つ時に手のぬくもりがうどんに伝わると、美味しくなくなります。木の器を使いますがその厚みが大事なようです。
うどんを作るときに塩を使いますが、その塩も特別なもののようです。普通のうどんはゆでると使っている塩はゆで汁に出てしまいます。牛乳からとれる塩が混ざっているらしいのですが、それを使うとゆで汁に出てこなくなるようです。
古くは農林4号という小麦粉とその特別な塩を使うことで腰のある美味しいうどんを作っていたそうです。

讃岐うどん

普通の塩はゆで汁に出てきてしまって、牛乳からとれる塩はゆで汁に出てこないのは不思議ですね。

滝山

今の研究仲間で、結晶である塩を専門的に研究しているグループがあります。ソルトサイエンスという財団で研究者が集まっていたりします。
「何故うどんが美味しくなるのか」とか、「魚を焼くときに塩をまぶしますが、どういう役割があるのか」とか研究されている方がいます。
そういった方々のお話ですと、カルシウム成分が入っているとゆで汁に出にくくなるのではないかという事です。研究って意識していないところでつながっていて面白いですね。

塩の結晶化はどのように起こりますか?

滝山

基本的には、海水等の塩水が蒸発することで結晶化します。瀬戸内海の海岸沿いには塩田が広がっていました。
百人一首で「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに やくや藻塩の 身もこがれつつ」というのがあります。
当時の塩の作り方は、ホンダワラという海藻を取ってそれを燃やしながら海水をかけて蒸発させて濃縮して塩を作るという手法です。
その技術が風景として百人一首に読まれたわけです。その当時流行っている技術と芸術というのがコラボレイトしているという事だと思います。
農工大の繊維博物館には、蚕織錦絵コレクションがありますが、これも当時流行っていた養蚕技術と錦絵のコレボレイトになっていて、技術と文化の融合という意味で、これらは面白いですね。

塩の結晶って単にNaClが結晶化するのではなくて、色々なものが混ざって結晶化するのでしょうか?

滝山

塩の結晶ができるという事は、何か混ざっているものからNaClだけが分離精製されて出てくるという事です。結晶化すると、純度が高いものができてきます。だから、結晶化の工程が医薬品で重宝される訳です。合成して色々なものが混ざっているという状況の中で、結晶化すると純度が高いものができてくるという事になります。

私は毎日糠漬けをやっていますが、「食塩」よりも「伯方の塩」を使った方が美味しいんですよね。「伯方の塩」の方にはいろいろな成分が含まれていて、純度が低いと思いますが・・・

滝山

人間の舌で塩味と苦みを同時に感じると、旨味と感じてしまうようです。結晶は純度の高いものですが、食塩の場合外側に不純物が残っている状況だと思います。外側にはニガリがついていたりして、はじめ苦みを感じて次に塩味を感じると旨味と認識してしまうようです。

食塩結晶(形は違っていても全てNaClです)

料理で塩加減って一番難しんですが・・・

滝山
塩を製造している企業は、様々な製法で塩を作っています。例えば、平たくて結晶が薄い状態で作ると同じひとつまみでも「量」が違うため、塩の濃さが変わるので、味が違ってきます。
ドイツではハムを作るときに、塩の結晶を6面体ではなく丸い結晶にします。これは、塩をなるべくゆっくり溶かすためです。同じNaClという物質であっても欲しい用途に合わせて食塩結晶の形や大きさを作り分けています。

今日は塩のお話ではないのですが、結晶の話の導入としては分かりやすいですよね。

滝山

「晶析」という技術で薬の結晶を作るときに、純度が違って効き目が違うものができてはいけない訳です。それが、料理で使う塩とは違う訳です。

ジェネリックは成分が同じでも効き方が違ったりしますか?

滝山

薬効成分は同じものが入っているので、物質的にはほぼ同じものだと考えて良いです。ほかの物(不純物)がどれだけ入っているかが違ってきます。少しではありますが、相違があると思います。
一般的に日本の技術は、オーバースペックになっていて、相当作り込んでいます。世界的な競争の中で負けてしまうことがありますが、医薬品に関していうと薬効や安全性という観点ではオーバースペックでよいと考えています。
同じ様な薬でも、より薬効が高く安全なものが良いのではと思いますが、最近はジェネリックの技術も相当高度化しています。

Ⅲ : 晶析の分野の研究へ

香川県から東京に来た理由は?

滝山

小学生の頃、父親の転勤で、神奈川県の平塚市に移ってきました。

もともと化学系に興味があったのでしょうか?

滝山

小さい時から、物の変化に興味がありました。「花火はなんであんな色が出るんだろうか?」とかいうような疑問は常に抱いていました。「何故」「どうして」とか言って親を困らせていたと思います。

学部時代の研究室を選ぶときにどうやって研究室を選びましたか。

滝山

亀山先生という先生の研究室に入りました。テーマというよりは、人で選んだ感じです。ポリシーを持っていて、筋が通っていらっしゃるように思いました。自分自身もそのようになりたいと思って先生の研究室を選びました。

東京工業大学の大学院に進学しましたが、その研究室を選んだ理由は?

滝山

その当時は、農工大にドクターコースが無かったので、選択肢があまりありませんでしたので、東京工業大学を目指しました。
大学院進学の時も、学部時代と同じように「人」で選びました。そのほかコンピューターにも興味がありましたので、今で言うAIを活用して研究を進めようと思いました。
その研究室の先生は、ダイナミックでとても厳しいことで有名な方でした。でも、この先生について行ったら「面白いことができそうだ」と思い、また魅力的でもありました。
その研究室で博士号を取ったあとに、色々な方から「あの研究室で博士号を取ったの!」と大変称賛された記憶があります。
教授の部屋でディスカッションをする際に「ばかやろー」と大きな声で叱られることが時々ありました。その声が廊下まで響いていて、学生室に戻ると、学生室が凍り付いていたなんていうシーンも多くありました。
研究室の仲間は私に声をかけづらいという気持ちでしょうか。でも、私は鈍感なところがあって、「また先生に叱られちゃった!」とケロッと言ったりして呆れさせていました。自分としては「もうちょっと何とかしようかな」と前向きになっていました。
その時代に、色々なことを鍛えられたと思います。研究室の運営の仕方なんかも学んだ気がします。

東工大の研究室ではどのようなことを研究していたのですか?

滝山
プロセスシステム工学に関しての研究をしました。
化学プラントを人が動かす時に、どういう理屈で手順を考えているのかという事を研究している分野でした。

博士論文のテーマはなんでしたか?

滝山

運転支援システムの開発に関する研究でした。化学プラントの蒸留塔という分離装置がありますが、その装置の運転支援システムの開発というテーマでした。たとえて言うと、装置をどういう順番で運転するのかという“操作レシピ”を考えるというものです。
化学プラントを自動的にどうやって安全に立ち上げるのかということを、コンピューターを利用しながら、その理論を構築していました。

今は自分でデータを取るのではなくて、すでにあるデータを解析するという方法が存在するらしいですが・・・・

滝山

博士課程では、自分でプログラムを作って他人のデータを解析する手法と、自分でデータを取得して理論を構築する手法の二刀流でやっていました。

博士論文は医薬品とは直接関係はなさそうですが・・・

滝山

研究室では医薬品を専門的に扱っている訳ではありませんでした。博士課程の時に、ある医薬品メーカーの方の講演を聞くことがありました。
その講演で、薬品の混ぜ方によって全く違うものができるという事を言っていました。医薬品の製造過程で、「AにBを混ぜる」のか「BにAを混ぜる」のかでは全く違う結晶ができ、それによって薬の効果も違うという事を初めて知りました。これが、今の晶析研究の原点になっています。
AとBを混ぜることは分かっていても、「AにBを混ぜる」のか、「BにAを混ぜる」のかという“操作レシピ”については、当時のプロセスシステム工学では答えが出せないと言われていました。
現実の問題として自分の手を動かしてやらないと解けない問題があるという事をあらためて認識したのと、“操作レシピ”ということでは共通しているということで、面白い研究分野だなと思い、今の道に進みました。

晶析について少し詳しくお聞きします。私は、雪がどうしてあのように六角形の結晶になるか不思議です。様々な雪の結晶はどのような条件で生まれるかも不思議に思います。

滝山

不思議ですよね。それを専門に研究している分野もあります。
我々が取り組んでいる晶析(結晶を作る)分野は化学工学という分野に属していて、もう少し現実的なところに注目しています。
「何を作るか」ではなくて、「どうやって作るか」「作り方をどのように改善するか」その“操作レシピ”を研究している分野です。料理の世界でいうと、「新しい料理を作る」ことではなくて、「今ある料理をどうやって効率よく作るか」といった視点で取り組むという事です。

医薬品関係では、新たな製品を作り出す研究をしている分野はありますか?

滝山

薬学や有機合成の分野の人は、目標の化合物を分離精製して、少しでも純度の高い物質を作ろうとします。その分離精製の際に多くは、結晶化によって高い純度を作り出します。ただし、この段階ではビーカーの中で極少量の結晶を作り出している状況です。

医薬品の結晶

薬学や有機合成の分野とは違う訳ですね?

滝山

有機合成によって少量できる結晶ですが、これが再現性がなく作れなくなることがあります。そのようなときに、どうやって再現させるのかという研究が必要になります。
料理の世界でも、伝説の料理というものが存在します。過去の料理人が作った料理を再現させるためのレシピを作りだすことは大変な作業です。晶析の分野でも、レシピエンジニアリングといって重要になっています。
新しい結晶の析出原理を解析して、どうやって大量に結晶を作り出して利用していくかが重要になります。この課題に我々のテクノロジーが要求されているわけで、ここで晶析の技術が応用されています。
NaClという物質について、食塩という結晶は既に存在していますが、その食塩結晶を「どうやって大量に作るか」、「どうやって美味しい塩を作るのか」とか「どうやって用途に合わせて作り分けを行うか」というところをやっているイメージです。

Ⅳ : 現在の研究室への思い

今かかわっている研究テーマは?

滝山

結晶を作る装置すなわち晶析装置をどうやって運転あるいは操作するかという概念についてです。
今までは「結晶はできればいいよね」というところにとどまっていました。晶析装置の操作の仕方で、析出する結晶が違ってくるので、今の研究テーマとしては晶析装置の運転支援システムの開発に取り組んでいます。

どういう機械でという側面と、どういう手順でという側面があると思いますが・・・

滝山

両方やっています。“操作レシピ”の考えと、そして晶析装置の操作設計(オペレーションデザイン)が脈々と流れている今のテーマです。

今の研究室の学生さんについてお話を聞かせてください。

滝山

好奇心を持つという事は大事だと思います。今の学生さんでも、子供の頃「何故」「どうして」という気持ちを抱いていたと思います。しかし受験勉強などの経験を経て、そういった気持ちを忘れてしまっているような気がします。
私の使命は、そういった学生さんに昔の気持ちを再燃させることだと思っています。

学生さんがそういう気持ちを再燃させるのは、難しいことのような気がしますが・・・

滝山

幸い私の研究室では結晶を育てる過程で、顕微鏡の下で結晶が大きくなるのを自分の目で見ることになります。
重力のような目に見えないものとは違って、目に見える結晶に対して「なんでこのような結晶ができるのか?」とか「どのように結晶を作ればいいのか?」という疑問を抱きやすいと思います。

研究室の学生さんも、先生と同じようなことを研究しているのですか?

滝山

研究室では学生一人に一テーマで研究をしています。先輩について研究するという体制ではありません。なので、結晶化に関することは、非常に幅広くやっています。
ただし、基本的には、結晶を作る(晶析)ための“操作レシピ”を作ることを研究しています。

自分で論文のテーマを決めるのは大変な作業ですが、自分のテーマで論文を書くと自分が成長したような気分になりますね。
自分でテーマを決めて各自研究を進めるという考え方は、とても良いと思います。

滝山

自分のテーマで論文は書きますが、個人だけでやっていると良いものが生まれません。情報交換の場が必要だと思っています。
私がマンチェスター工科大学にて研究していた時に、3時になると秘書の方がお茶を用意してみんなが集まってきて、色々な会話をしたりしていました。そんな会話の中で、自分が抱えている問題の解決の糸口がつかめたりします。
私はおやつが好きなこともあって、研究室でおやつタイムを作っています。若い学生さんたちに強制的にお茶会に参加してもらっています。

研究室の学生さんと共に

各自持っているエネルギーの交換の場としても機能していると思います。

滝山

私の研究室の学生さんは、仲が良いと思います。卒業しても研究室宛てにお歳暮が届いたりします。そのお歳暮をみんなで食べたりして、卒業生とのつながりを感じています。
楽しい方がいいですよね。テーマは全員違いますが、全員が結晶を育てることを目指しています。神髄に流れているものは一つです。
「結晶を育てる」という共通の話題があるわけですよね。

冒頭でお話した塩野義の永松さんが滝山先生のお話をする時、大変熱くお話をされていました。滝山先生のエネルギーの伝達が、研究室でうまくいっているなと感じました。熱い気持ちが伝わったんだと思います。

滝山

私の研究室の学生さんは、プレゼンテーションで良く賞を取ってきます。何を伝えたいのかという事の他に、どう伝わるのかを考えることが大切だと考えています。
そこがプレゼンテーション、ひいてはコミュニケーションの極意だと思います。状況の変化に合わせるとともに、熱い気持ちを持って相手と向き合うことの必要性を学生さんには話しています。
東工大の大学院で厳しい指導を受けましたが、その辺のテクニックを学んだと思います。学生さん対しては、これだけは伝えたいと思って、ついつい熱くなってしまいます。

この取材でも、滝山先生の活動のエネルギーを感じることができました。ありがとうございました。

滝山先生へのインタビューの感想
先生と話をしていると、ついつい話が弾んで次から次へと質問をしてしまいます。冒頭でご紹介した塩野義の永松大樹さんも、滝山先生との熱い会話に魅了されて、東京農工大学の博士課程の扉をたたいたのでは・・・と思いました。
また、子供の頃「うどん」や「塩」といった多くのものに触れて、そこで抱いた疑問に対する姿勢が、先生の考え方を形作ったような気がします。
先生が指導した多くの同窓生や今指導している現役学生さんが、先生を慕っていることを感じます。先生のエネルギーが多くの方々に伝わっているのを感じました。
こうほう支援室 池谷記