一般社団法人 東京農工大学同窓会

2024.1.29 イベント報告

ホームカミングデー2023あれこれ(同窓生からの寄稿)

「Mさんでしょ!同級生だよ」と私。「Fさん?!」とMさん。「えっ今?!」案内をしてくださった学生さんが驚きの声を上げました。ホームカミングデーがもう正に終わろうとする日暮れのサプライズでした。本館のライトアップも始まっていました。

午前中は農工祭を巡りました。お子様連れも多くて立派なテーマパークでした。私は学生時代模擬店でおでんをつくりました。皮を厚く剥くように説明されたのに、ついつい自慢げに薄く剥いて先輩に叱られたことを思い出します。

注目は茶道部のブースで、和服の女性が呼び込みをしていました。今は、学生の半数が女性だそうです。私たちの代に急に女性の入学生がふえたということで、その対策として大学が教員免許をとる為の臨時の講座を設けてくれました。まだ男女雇用均等法は存在していませんでした。

サークルの発表内容も色々興味深かったです。特にロボコンに出場したという輪投げロボットを間近に見ることができました。お客さんが並んで参加しています。私は今の保育園には輪投げを置いた方がいいのではないかと思ったほどでしたが、学生さんは冷静に「それでは点数を数えます…ロボットの勝ちです。」と進めていました。
圧巻は2号館1階の十数枚の模造紙でした。持続可能な学園祭を目指した現状と対策と思いが肉筆で綴られていました。

午後からは本館のプレゼンテーションです。学長さんが「農工大はこんなに凄い」と力説します。私が大学時代に数学者の秋山仁という人があるテレビ番組で「日本一の大学は東京農工大学」と言っていました。その説明は概念的でしたが学長さんは数値で説明され、今の大学は日々競争の中にあるのだと痛感しました。
岡田洋平准教授の「光で絹を紡ぐ」という研究者の思いの詰まった講話を拝聴致しました。「未だ絹の主成分が合成できるのは蚕だけ。」ということを聞き、自分が中学校の授業の中で「光エネルギーを取り込んで高エネルギーのデンプンと酸素を合成し、廃棄物として放出した酸素によって私たち人のみならず多くの生物の生命を支えているのは、植物だけなのだ。」と力説したことを思い出しました。さらに、光が発電のみならずこれからのエネルギーとして大きな可能性があることを知りました。研究されている事柄はたくさんの細かい化学式についてでしたが、お話の内容は研究に対する熱い思いが見えるようでした。学生さんたちのお話では、皆さんの研究に勤しむ姿勢が眩しかったです。

写真コンテストの入賞者発表では学生さんの写真が入賞。美しく素敵な今の農工大が表現されていました。新型コロナの規制があけて学生の活動が元に戻り、学長さんが心から喜んでいることがわかりました。
歴史賞では1973年の工学部の桑畑の写真が入賞していました。自分が中学3年の時にはあんなだったのかと驚きました。その3年後には入試のために当時工学部にあった楓寮に投宿したのです。そのときには既に校舎等になっていたと記憶しています。その楓寮も今は府中に移転して、跡地には国際交流会館が建っていました。私は入学してまもなく楓寮に入寮して3年半を過ごしました。楓寮には南ベトナムからの留学生がいました。サイゴン陥落後帰国が叶わず、台湾に就職されたと記憶しています。テレビでサイゴンの特集があり、泣きながら見入っていらしたことを思い出します。

農工大の歴史賞「欅寮から展望した工学部構内」

https://www.tuat.ac.jp/outline/executive/tuat150/photocon/jusyou.html
その他「農工大フォトコンテスト」受賞作品発表はこちらよりご覧いただけます。

最後にキャンパスツアーにも参加しました。2チーム分かれて2つの研究室をまわりました。嬉しいことに私達の班は2号館4階の植物病理学教室前に上がることができました。校舎は増築されたようで、風景はかなり違いましたが、私が特に4年生のときに多くの時間を過ごした植物防疫学科農薬研究室があった正にその場所だと思います。
そこでカビによる畑の被害のお話を聞きました。この春、法律が変わり研究の成果によって民間企業も検査ができるようになったということでした。ご一緒した大先輩の方が「僕の時代はイモチ病を…」と言われました。かつては重大な稲の病気だったことを、中学校の頃に社会科で勉強したことを思い出しました。

そしてこのとき、卒業した学科ごとにグループを分けてくださったことに気付きました。この後、話が弾み雑談の中で懐かしい響きが聞こえました。「僕は『ショクボウ』で…」そうでした。私たちは植物防疫学科のことを「植防」と呼んでいたのです。そのうち「なんだかMさんの声に似ている」と思いはじめました。

キャンパスツアーのトリはグローバルフルーツファクトリーを見学しました。フクバイチゴという、世界一の生産量を誇る今のイチゴ達の第一歩なるものを創基記念事業に向けて栽培しているそうです。今のイチゴとは形が違い、小さくて病気にも弱く栽培が大変なのだそうです。先人の苦労に思いを馳せると共に、来年小さなビンに入って並べられたフクバイチゴジャムを想像して、思わず何個位できそうですか?などと質問してしまいました。この温室は土足厳禁で私たちの為に使い捨てのシューズカバーを用意して下っていました。

そして本館に戻ります。その男性が聞きました。「植防は何年卒業ですか?僕は80年卒業なんだけれど。」「やっぱり。」

私は卒業後、理科の教師となり2018年に定年退職しました。教師という仕事は目の前の生徒たちの細かい事柄に心を砕いて過ごしますが、その底には高校時代に抱いた日本の未来が沸々と流れていました。
2017年の水俣条約発効記念行事で中学生が発表したと聞き、感動して朝の会で生徒に報告する私がいました。
今研究室に立つ方々は、日々細かな研究内容に心を砕き競争に晒されながら、その底には世界の未来に対する思いが沸々と流れているのだということが今回のホームカミングデーに参加させていただいてよくわかりました。
そして温かいおもてなしをありがとうございました。

T.F.(植防S55)

https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/hcd/2023_hybrid.html
ホームカミングデー式典の録画動画 2024年3月31日(日)まで公開中です。