地球の表面積の約7割は海です。また、平均深度3,800mという広大な領域を占めています。海は、高温・低温・高圧など陸上にはない特殊環境に適応する多種多様な生物が生息しています。
その多種多様な生物のうち、微細藻類や光合成細菌などの海洋光合成微生物に着目して研究している同窓生がいます。本学の工学研究院生命機能科学部門、田中剛教授(物生H7)です。生命工学科の学生の指導もしています。
私(こうほう支援室 池谷)が田中先生にはじめてお会いしたのは、25年ほど前でした。
当時、先生は博士課程の院生でしたが、すでにベンチャービジネスの会社を設立していて社長さんでもありました。色々とお話を聞きましたが、走磁性細菌を利用した研究をされていたと思います。
今、先生はいろいろな研究をなさっていますが、その中に海洋珪藻が細胞内に持つ2個の油滴に着目して、バイオジェット燃料生産に繋げるという研究があります。
今回は、その研究を中心にお話を伺いました。
研究室の学生さんと共に
ご出身はどちらですか?
田中
京都です。
大学でのサークル活動は何をしていましたか?
田中
創立40周年の老舗テニスサークル「SPC」の初期の頃のメンバーでした。テニスに熱中したというより、飲み会で見かけることが多く、真面目な方ではありませんでした。
研究面では、生命工学という生物学系と工学系の融合という分野に進みますが…
田中
バイオテクノロジーという言葉が、子供の時の流行語になっていました。バイオテクノロジーによる技術により、ポマト(トマトとポテトの両方の性質を獲得)ができて、そのことにとても感動しました。それで、バイオテクノロジー=生命工学の分野に進むことにしました。
もともと海にも興味があって水産系を視野に入れていましたので、マリンバイオを研究している松永先生の研究室の門をたたくことになります。
卒論や修論での取り組みは?
田中
「磁気微粒子を用いた分子モータータンパク質の運動の磁気制御」や「ナノプローブを用いて細胞表面のタンパク質1分子を検出する」というテーマに取り組んでいました。
大学院生の時にベンチャービジネスを立ち上げましたが…
田中
微生物が創るナノ磁性粒子のバイオ試薬を進めるとともに、それを利用したバイオ計測システムを開発して、微生物由来のバイオ素材を社会に普及すべく取り組んでいました。
当時は、ITベンチャーはありましたが、大学の学生発のバイオベンチャーは珍しかったということで注目されました。
現在、珪藻の中に脂質があって、それをバイオディーゼル燃料にするという研究をしていると聞きますが…
田中
輸入に頼っている航空燃料を、国産で賄おうというプロジェクトがあります。私も参加していて、海洋由来の珪藻を使ってバイオジェット燃料を作ることを研究しています。
研究室では遺伝子組み換え技術を使って、より良い油ができる株を作るという挑戦をしています。
食物と競合する地上の植物ではなくて、海の中に存在する珪藻に注目していることに共感を覚えます。
日本全体のジェット燃料を作るのに、どれだけの面積の海が必要になりますか?
田中
高知県の面積くらいが必要になります。不可能なほど広いという事でもなくて、排他的経済水域を含めた日本全体で考えると可能なのかなと思います。もちろんすべてを珪藻で賄わなくてもいいわけですし・・・
100%自給を考える必要はないとも考えます。エネルギー源の多様化の視点も必要だと思います。一つの方向性としてとらえることが必要だと思います。
田中
今すぐ実現するということではありません。人一人が移動するのに、航空機が一番二酸化炭素を排出します。ヨーロッパでは、航空機を使わないという活動も起きています。 フランスでは航空機の国内線の廃止を進めています。
そういった流れの中で、日本でも石油由来の燃料からの脱却が少しでもできれば良いと考えます。長期的な取り組みになると思います。
海の中での光合成を利用するという視点には共感を覚えます。
田中
二酸化炭素の固定という意味では、陸と海が約50%ずつになっています。陸は植物の光合成、海は海洋微生物の光合成がかかわっています。海で固定された二酸化炭素の利用の意義は大きいと思います。
現在の取り組みとしては、大量培養設備をグラウンド脇に設置しています。人工海水を入れた設備の中で、珪藻を培養して光合成をさせ二酸化炭素を固定します。この珪藻を使って燃料化に結び付ける研究を、学生たちと一緒にしています。
大量培養設備
コスト面では採算が合いそうですか?
田中
屋外でやったほうがずっと安くできます。目標は100円/リットルですが、現在は5倍くらいの価格になっています。それを低コスト化させる研究をしています。
遺伝子組み換えとゲノム編集の技術を使って、生産性を上げるプロセス作りの取り組みもその一つです。
※オイルを高生産する微細藻類の細胞表面を遺伝子工学的な手法により改変し、培養液から微細藻類等を効率的に回収する技術を確立。この成果により、燃料を生産する際に必要なエネルギー消費量を削減。
研究の手法とすると農学に近いものがあるように思いますが…
田中
私が取り組んでいるのは、一般的には応用微生物学という分野だと思います。微生物を使ったものつくりなのです。
学生の頃、松永先生が磁石を持った微生物を研究していて、化学合成ができない物性等の研究をしていました。当時、バイオベンチャーブームがあって研究の延長線上にベンチャー企業の立ち上げがありました。
工学部に在籍していますが、研究分野としては農学に近いところを研究しています。今は、農学部の先生とのつながりも強く、考え方の違いを吸収できて良い環境にいると思います。視野が広がったと思います。
先生は研究の他に大学運営にもかかわっていてお忙しそうですが、活動の源はどこから生まれていますか?
田中
興味があることに向かって、自分が思うとおりにやっているという感じです。
ベンチャービジネスでやっていたことは、今は直接やっていません。昔から一貫した研究一筋という訳ではなくて、世の中に役立つことは何でもしたいと考えて、自分が活躍できることに飛び込むという形で今まで活動してきました。
たとえば、博士号を取った後イギリスに留学しています。その時やったことは、応用微生物学ではありますが、今までやってきたことではなくて、深海のような高圧下で生育する微生物の研究をしました。
その時は、大学の先生になろうとかいうことを、なにも考えずに研究をしていました。なぜかどうにかなるという自信のようなものは持っていました。
とはいっても、不安があったとは思うのですが…
田中
イギリスでは、すべての人がフラットに意見を言える環境でした。例えば、自分の意見を言ったときに、それに対して敬意をもってフラットに評価してくれます。サイエンスの本当の面白さを感じることができました。人生の転機だったと思います。
日本の社会は縦割りの感じでしたので、少し息苦しさを感じたりしていました。日本では小さなコミュニティーにいたのかなという感じを持ちました。イギリスで研究していて元気になったような気がして、不安を抱くというより不満が解消したように思います。
自分は大学の事務官でしたが、縦割り感が強くてフラットに発言するという環境ではありませんでした。隣の人とフラットに意見を言い合える環境を作った方が良いと考えていました。
田中
バブルがはじけてリーマンショックがあったりして、日本全体が人件費を抑えるという方向性で乗り越えてきました。皆余裕がなくなり自分の仕事で精一杯になったように思います。
そんな中で、コロナ禍になり密になってはいけなくなり、物事がうまく回らなくなってきてしまったような気がします。ヨーロッパではワークシェアリングがうまく機能していますが、日本では縦割りになっていてその面ではうまくいっていないように思います。
暗い話題ばかりになってしまいましたが…
田中
新しい動きも感じます。自分がベンチャービジネスを立ち上げたときは、金銭的にも恵まれていませんでしたが、今は制度的にも整いつつあって、優秀な学生さんも増えてきているように思います。
昭和の価値観が通用しないような環境になってきていて、自由な発想で自由に表現できるようになってきていると思います。
そういった環境の中で若い人たちを見ていると、新しい産業が立ち上がる芽が出てきているように思います。
マツダ(株)の農工大同窓会の新入社員歓迎会に行ったことがありますが、若い人たちが自分の夢を自由に発信している姿に感動したことがあります。農工大生は真面目だなと…
田中
テレビなどで同窓生が活躍しているシーンを見ることがあります。そういった時に、教育者として一つの達成感みたいなものを感じることがあります。
同窓生は謙虚な方が多くて、上から目線で見ていない人が多い気がします。そういった意味で、農工大の教員は良い教育をしていると思います。
田中
学生と接するうえで、余裕を持っているように心がけています。すべての学生に手取り足取り教えるのではなく、それぞれの学生の個性を理解したうえで対応していくようにしています。
また研究者を育てるという意味では、研究室の教員だけではなく社会人ドクターや同僚との交流が、学生にとって意味のある事だと思います。交流がスムーズにできるように心がけています。
研究室の学生さんは何人ですか?
田中
研究室の指導学生は20名程度です。
学生指導について、研究室のモットーを 「夢づくり、人づくり」 としています。
後輩に何かメッセージを頂ければ…
田中
自分は若い時から色々な人と接触して、ネットワークづくりをしていたと思います。それは、自分の財産になっています。
興味あることにどん欲に向かうことが重要だと思います。自分が興味を持っていない事でも、ほかの人が一生懸命やっていることを理解することは、自分にとってとても役に立っています。
益々の活躍をお祈りいたします。
田中先生へのインタビューの感想
25年前に初めてお会いした時と同じように、若さを感じました。会話の内容やその発想方法も昔のままでした。一貫していたのは、自分の興味に向かって正面から向き合っているということでした。
「歳を重ねられたな」と感じるのは、新しい世代の人達の教育の在り方を、自分の経験をもとに絶えず考えているということです。昭和がまだ色濃く残っていた学生時代を受け止め、その上で新しい教育を考えていると感じました。
珪藻からバイオジェット燃料が生産される日が来ることを心から応援します。
こうほう支援室 池谷記